☆「人口負荷社会」(小峰隆夫著 日本経済新聞出版社2010年6月)を読むと、なぜ経産省が≪日本のアジア拠点化総合戦略~「企業が国を選ぶ時代」の立地競争力強化~平成22年4月23日≫で、グローバル時代が求める先進的大学として立命館アジア太平洋大(APU)と国際教養大学(AIU)を挙げているかがわかる。
☆同書におけるキー概念は、「人口オーナス(onus)」。勤労世代が、まだ働き手でない年少世代と定年を迎えている老年世代をどれだけ支えていくかということを考察する概念。年少世代の人口と老年世代の人口を合わせて、勤労世代人口に対して従属人口という。この従属人口の勤労世代に対する割合を「従属人口指数」と著者は呼んでいる。
☆割合が高ければ高いほど、勤労世代の負荷がかかるわけだが、少子高齢化社会とは、人口オーナス度の高い人口負荷社会だと考えるわけである。
☆そういう見方をすることによって、重大な問題が見えてくる。少子高齢化社会がGDPの成長率を鈍化させるという経済現象の側面だけをみて、その量的成長率を上げることが、少子高齢化社会政策になると考えられているが、すでに中国に抜かれてしまっているように、日本の人口の13倍以上の中国に抜かれるのは当然であり、やがては10倍以上の人口を有しているインドにも抜かれるのも時間の問題である。ルクセンブルクや北欧諸国をみればわかるように、大事なことはGDPという量の指標ではなく、生活の質の指標である。
☆したがって、人口オーナスという指標で見えてくることは、従来型の労働観・仕事観のままだと、その生活の質がどんどん劣化していくということにある。人口オーナス度が高ければ、当然労働条件は過酷になるし、個人貯蓄も減る一方であり、選挙を通じて行う民主的政治も世代間の偏りが生じる。
☆リーマンショックは、こうした人口オーナスに対応する技術の失敗の1つだという見方もできる。日本はこの人口オーナス度が急激に上昇しているという。それは自殺率が高いはずだ。死んでも年金を獲得せざるを得ないモラルハザードが起こるはずだ。傷害事件や殺人事件も増えるはずだ。幼児虐待も増えるはずだ。もちろん、人口オーナスとこのような事件の因果関係は論証が必要であり、簡単には言えない。
☆しかし、オーナスと言う抑圧が、経験を積み成熟した世代になる前にかかるわけだから、それがどこで爆発するかはある程度想像はできよう。このようなモラルの低下、収入の減少は、潜在的な人的資源や機会費用の損失を生み出す。
☆それゆえ、経産省や文科省はグローバル人材を育成して、人口オーナスに備えようというわけである。しかし、GDPという量の競争原理による経済政策では、うまくいかないのも容易に予見できる、従来型の天然資源に頼る産業をアジアの地に求めてもうまくいかないだろうし、それと引き換えに援助をするというのも財源の問題上うまくいかなくなるのも火をみるより明らかである。
☆そこで、天然資源から人的資源へ、援助から自立へと、経済の量的指標から質的指標へパラダイムチェンジを果たさねばならない。そのような潜在力を発掘する力は政府や官僚は持っていないから、大学に依頼しようというのだろう。そこで登場してきたのがAPUとAIUなのだ。
☆それにしてもなぜ大分や秋田にそのような先進的大学が設置されたのだろう。小峰氏の作成したデータによると、2030年に人口オーナス度が最も高くなるのは秋田なのである。しかも、すでにその道を歩んでいるから、そこをなんとか教育で補おうとして、全国学力テストで優秀な成績を収める一方で、自殺率も高いのである。AIUの使命は、日本の国の将来の前に秋田県の将来を救わねばならないのである。
☆大分も2030年になると人口オーナス度の高い県になる。私大ではあるが、開設するには、自治体との協力が必要であり、当然人口オーナス度を抑える使命は、当初から持っている。
☆さて、この人口オーナス度を抑えるためには、産業や経済のパラダイム・チェンジが必要なのだが、それはいかにして可能なのか。これが21世紀型スキル教育なのである。インテル、マイクロソフト、シスコとOECD/PISAの研究グループとのコラボレーションがすでに動いている。その21世紀型スキル教育とは、インテルのペイジ・ジョンソン氏によると、次の通り。
①批判的思考力(批評精神を持って考える力)と問題解決能力
②コミュニケーションとコラボレーションの能力
③自立的に学習する力
④ICT(情報通信テクノロジー)を確実に扱うことのできる能力・スキル
⑤グローバルな認識と社会市民としての意識
⑥金融・経済に対する教養
⑦数学、科学、工学、言語や芸術といった分野への理解を深めること
⑧創造性
☆このスキルは、グローバル社会が前提だから、英語が活用できるのは当然。
☆さて、こうして8つの項目を眺めると、APUとAIUはすでにこのようなベクトル上にある。筆者が本ブログで、APUとAIUについて話題にし続けているのは、経産省とは異なる質的指標という観点から把握しておきたいというアイデアからであるが、両大学が新たな時代を切り拓く大学の求められるプロットタイプであることは、根拠づけは異なっているが、国の考えと一致しているということだろう。それは、時代が求めていることであるから当然のことなのも知れない。

