本間勇人 の Goodware Times

立命館アジア太平洋大学(APU)の存在意義[06] APUの就活のベース

2010/02/17

カテゴリー: イノベーション


☆今月12日の日経ネットPLUSで、APUの就職率の高さの理由が紹介されている。

 

・・・・・・この大学が既存の大学と大きく違うのは、学生の半数をアジアをはじめとする海外からの留学生とする方針を打ち出したことだ。 APUが2011年3月卒業予定の3年生向けに開いた会社説明会は09年10月から始まり、参加した企業は10年1月末で154社に及ぶ。「昨年とほぼ同じペースで、6月には300社を超えそう」(亀田直彦キャリア・オフィス課長)。「日本人学生と留学生を同じ基準で採用している企業も多い」という。

 

☆この企業の採用担当者が東京や大阪から集結するというのは、APUの学生が端的に欲しいということだろう。亀田課長は、09年3月の新卒内定率95.6%には10年3月は届かない可能性があるといっているようだが、これは大学就職内定率73.1%の時代の雰囲気を敏感に感じて、できる限りの手は尽くすという戦略家らしい、つまり頼もしい物言いだ。自信の裏返しだろう。

 

☆大学側のこの自信そして企業が欲する理由は何かというと、本記事によると、

 

企業が見ているのは「物事を自分の頭で考えられるか、仕事に向き合うスタンスはどうか、へこたれないで立ち向かえるか、他人の話を聞いたり自分の意見を話したりするコミュニケーションの能力があるか」(リクルートワークス研究所の大久保幸夫所長)

 

☆ということらしい。世界同時不況やバブル崩壊は、今後も必ず訪れるというのが資本主義。その事態を迎え撃って、サバイバルできる人材は、創造的思考力とコミュニケーション能力が高い人材。いよいよ日本もクリエイティブ資本主義に突入という感じが伝わってくる。APUは、やはり最前線拠点だ。

 

☆この日経ネットのサイトには、当然ながらコメントが書きこめるシステムになっている。このコメントがまた参考になる。それによると、かりにそういう優秀な人材を企業が求めているということがわかったとしよう。それは確かに参考になるが、こんなクリエイティブな人材の演技を就活で演じても、すぐにボロがでるだろうというな感じだったか。

 

☆つまり、クリエイティブな人材は、一朝一夕に育つわけではない。大学4年間で、思考トレーニング、人間関係づくりをいかに積んできたかにかかっているということだろう。結局APUの就活のベースは、小手先のスキルではなく、幅広く奥深い探究活動そのものなのだ。サバイバル能力を求めている企業は、そのことをよくよく心得ているのである。

 

☆ああ、そうそう。このクリエイティブな人材は、日本人どうし切磋琢磨してもなかなか育たない。異文化・異視点をもっている人材どうしが日々議論する環境でしか大量に育たない。そんな環境は、ガラパゴス日本ではないだろう。いや、まさにAPUがその拠点。そこを実感している企業が、APUを訪れているはずである。

立命館アジア太平洋大学(APU)の存在意義[05] APUは内なる異文化理解のカギ

2010/02/14

カテゴリー: イノベーション


☆「異文化の風」という冊子がある。共同通信社と大分合同新聞社が、APUのキャンパスで、学生にインタビューして編集した報告書である。

 

☆在学生のうち留学生が50%がゆえに、キャンパス内は毎日が異文化理解。衣食住のマナーから文化まで違うわけだから、意識することなく、その違いを互いに話し合わなければならない。一挙手一投足すべてに文化的差異があるわけだ。

 

☆その話もたいへんおもしろいが、その前に、グローバリゼーションのもとで、たとえ国や文化が違っても、共通している世代間問題もある。グローバリゼーションとポストモダニズムの嵐、どの国でも、若い世代は、自分の興味のあるものにしか関心をもたない。超個人主義の社会的問題性。内なる異文化という共通問題を留学生どうしが語り合う姿に、現代のコミュニケーションの複雑性を見いだせる。

 

☆ガラパゴス日本と言われているが、実は内なる異文化衝突は、グローバルな問題でもある。そんな最先端の課題を掘り起こす拠点はAPUをおいてほかにない。もっとマスメディアが入り込み、本当の問題を見出し、それについて論じることは、世界の中の未来の日本を発見することにもなる。

立命館アジア太平洋大学(APU)の存在意義[04] APUでコペルニクス的転回

2010/02/07

カテゴリー: イノベーション


「日本は閉鎖的な国」という先入観を持っていた。だが、来てみてイメージがいっぺんに良くなった。「空港や駅などいろんな場所で、何をしたらいいか親切に教えてもらった」。

 

☆とは、カメルーン出身のレオネル・ケチェメンさん(「APUのキャンパスから 立命館アジア太平洋大学」共同通信社・大分合同新聞社2002に掲載された記事から)の言葉。

 

☆日本の文化は複雑だから、そうは簡単にはいかないだろうが、たしかに江戸時代のような鎖国的な雰囲気はない。しかし、そんなことより大事なことは、APUに留学しようという学生でもマイナスの先入観を持っているということではないか。

 

☆なるほど、世界中の人がまだまだ日本に対しネガティブな印象を持っていてもおかしくはない。この先入観をぶち破るには、実際に対話する以外にない。いかに日本が観光立国をめざそうとも、表層的な対話では、開国以来破壊できないできた日本のネガティブイメージを払拭できないだろう。

 

☆とするならば、APUの役割は大きい。この先入観の払拭ということは留学生ばかりでなく、日本の学生にも同じことが言えるが、他の大学では、これほどアジア・アフリカの国々の留学生と日常生活を共にしながら対話はできないだろう。ますますAPUの役割は重要なわけだ。

 

☆日本に限らず、世界中の人々が互いにネガティブな先入観を抱いている。この死想こそ、差別や戦争の温床なのだ。だから、このような互いのマイナスイメージをコペルニクス的転回をさせる拠点としてのレゾンデトールがAPUにはある。この認識を大学受験生が持ってくれることを期待する。

立命館アジア太平洋大学(APU)の存在意義[03] APUの自由

2010/01/20

カテゴリー: イノベーション


☆APUを訪れた時、祖国リベリアの内戦で、ギニアにのがれた学生と話をする機会を得た。その内戦の凄まじさ悲惨さは表現を絶するものだ。彼はBBCでも活躍しているそうだ。仲間に呼び掛ける。しかし、内戦が当たり前になっている国では、その声が届かない壁もある。自由とは何か理解するフレームがないからだ。

 

☆心の壁とでもいおうか。ああ村上春樹さんが壁にぶつかる卵になるというのは、こういうことだったのだとそのときやっと気づいた。言葉ではさんざん語ってきたが、言葉が身体に染みいるとはこのことだったのだ。

 

☆だから、リベリア出身の学生の夢は、「私の夢は世界中の人に自由な言動が保障されることです。そのために国際機関で働きたいのです」と明快・簡明に日本語を放つ。その言葉に感銘できる自分に、彼の言葉の理解を妨げる壁が自分の中にないかもしれないという期待と喜びをもたらしてくれた。

 

☆自由な言動が保障されている日本人は幸せだとも。だからAPUに志願したとも。それなのに、自分の考えを自由に発言しなかったり、正しいと思うことを行わなかったり、自由ではないと駄々をこねたり、なんて私たちはもったいない、無駄な時間を過ごしているのだろう。

 

☆いっしょにいた他の出身国の違う学生も自由について語る時、ある共通点があった。それは「いつもいっしょに」、「仲間」、「チームワーク」「世界の問題」というキーワードがでてくる。個人の自由の尊重と友人や学校や家族、社会がそれぞれ幸せなシステムになることを考え、企画し、起業し、働きかけるのだという点だ。

 

☆近代というエポックの始まりは光と闇を一度に生み出したが、APUの自由は光である。万人の万人の闘争を乗り越える自由の領域、権力や権威の同調抑圧力をはねのける自由の領域、だからといってエゴをふりまくような似非自由のワナに陥らない自由の領域を形成し持続可能にしようという意志を感じる。

 

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☆この意志こそ日本の明治以降から今も生まれ続けている≪私学の系譜≫としての私立中高一貫校の建学の精神である。私立学校が世界の苦しみ痛み悲しみを共有し、解決しようと働きかける自由な言動の領域にあるということをAPUで改めて確認できた。純粋に≪私学の系譜≫という世界精神を持続可能にできる大学はAPUだけかもしれない。ここでは日本の公立高校出身の生徒もその精神を継承することができる。私学の教育のクオリティを広めなくてはならないというのが、≪私学の系譜≫のミッションであるが、その拠点がAPUなのかもしれない。

立命館アジア太平洋大学(APU)の存在意義[02] APUサバイバル能力

2010/01/17

カテゴリー: イノベーション


☆APUでは、留学生があふれていて、チームワーク、コミュニケーション、メンター、リーダーシップ、リサーチ力、プレゼン力などサバイバル能力をベースにした学生の人間力の大きさに驚愕したのであるが、その1つの分かりやすいケースは、マルチカルチャラル・ウィークというイベントだろう。

 

☆中国、タイ、ベトナム、ラテンアメリカ、モンゴル、日本、台湾などいくつかの国・地域の民族料理や歌・ダンスなどを通じてその国の文化・言語を紹介するのが目的。私たちが訪れた時は台湾ウィーク。ランチのときラウンジで、台湾料理を紹介していたり、ちょっとしたパフォーマンスがあったり、ブースで文化を紹介していたり、ホールではパフォーマンスの準備がすすめられたりしていた。ホールで行われた今までのパフォーマンスのいくつかはYouTubeに投稿されているので、検索してみるとよい(たとえば、ベトナム・ウィークの画像などおもしろい)のではないだろうか。

 

☆さて、台湾ウィークでは、もちろん台湾出身の学生が中心となって企画運営をするのだが、他国出身の学生も参加するわけだから、異文化を肌身で感じることができるイベント。ボランタリーで参加型異文化体験となっている。

 

☆問題は、企画運営はコアメンバーが進めるにしても、パフォーマンスに参加する多くの学生とどのようにコミュニケーションをとるかその組織作りだ。どこかの企業が行うのだったら、費用を払って、全員でリハーサルを行えるが、APUの学生生活の基本は徹底した勉学なのである。寮であるAPハウスでは、夜中の1時まで勉強しているという。だから、勉学の合間で効率よく準備をしているのだ。

 

☆とはいえ、短期間でラウンジが運営者で埋まるほどの人数の学生が、まるで以心伝心のように動けるのはどうしてなのだろう。実はこれがAPUの学生のチームワーク、コミュニケーション、メンター、リーダーシップ、リサーチ力、プレゼン力などサバイバル能力の面目躍如なのである。

 

☆そしてなんといっても、APUキャンパスにあふれているIT機材が、このサバイバル能力を拡張するのである。IT機材とインターネットがないと、講義も企画もイベントも遂行できないくらい高水準の当たり前知=暗黙知ができあがっている。

 

☆マルチカルチャラル思考としてのサバイバル能力とITの暗黙知のインテグレーションは、時空を超えられるのだ。コミュニケーションのクラッシュは、互いの理解不足もあるが、情報のやり取りの遅滞という技術的な問題が実に大きい。互いに思いは通じていても、情報渋滞が、無駄なコストを山積させるのがハイパー近代社会のリスクなのである。しかし、MCThinkingとTacitITを統合しているAPUの学生にとっては、このリスクは乗り越えられるのだ。

 

☆マルチカルチャラルというのは多言語主義だから、意志の疎通に苦労はしない。互いの時間のGAPはスカイプで、情報交換することによって解消できるし、YouTubeでダンスや演奏のモデルを情報交換できる。組織をチームに分けておけば、どこかでそれぞれがリハしておいて、あとは本番でいっせいに息を合わせるだけ。

 

☆自律分散協調系とは、前東大総長が提唱していたが、それがすでにAPUでは実践されてきたのだ。就職内定率95.6%というのは、APUサバイバル能力の証明でもあるのではないだろうか。