◇大人の世界(現実態)―子どもの世界(可能態)の近接領域であるOriginal Angle between Potentiality and Actuality(OAPA)では、子どもたちは何がわからないのかわからなかったり、自分たちの思いや考え、発想が、一般化されている現実態としての社会においてどうつながるのかわらない。
◇それゆえ、まずは一般化された世界の構造をパーツごとにまずは記憶していくというのが、従来の教育だった。しかし、学習アドバイザー(LA)は、そこにすぐに飛ばずに、OAPAの領域で、子どもたち1人ひとりの問いを意識化(=Building of Questions:BOQ)していくのをサポートしていく。
◇BOQは、質問をして構築していくのとは全く違うタイプ。LAは質問自体を子どもたちとシェアしていくのである。コンテンポラリーアートのように、質問のパフォーマンスを子どもたちと行っていくというのもよいのであるが、その質問がどこから生まれてくるのか、そこを学ぶのが、学習プログラムで、そこを省くのがインスタレーションだ。芸術は直感がベースだが、学びは手探りが前面に出る。体験とかフィールドワークというのは、外部の物に触れることは1つのきっかけにすぎず、本来は手がかり足がかりを内部に地道に探す作業なのだ。不安は大きく、必ずしも楽しくない作業だから、ここで撤退してしまう可能性がある。そこをサポートするのがLAだ。しかし、あるとき驚きに変化することも確かだ。
◇さて、OAPAの領域で、子どもたちは、キーワード、キーフレーズ、キーセンテンスなどの連続型テキストを手探りしているし、表現もしている。言葉ではなく、写真や地図や数字やグラフ、表、方程式、五感のデータなど非連続型テキストをインプットしたり、アウトプットしたりもしている。
◇これらに耳を傾け、よく観察し、五感でインプットする。心身に染み込むように時間をとらねばならない。しかし、長ければ良いということではない。この時間をとっているという記号(sign)が必要なのだ。マインドマップ、瞑想、チャット、読書、素描、ダンス、歌う行為、ヒアリングは、この時間の痕跡(impression)としての記号(sign)なのである。
◇手段が目的化しているのがハウツー本であるが、子どもによって、どれが最適なのかは違う。それゆえハウツー本はほとんどの子どもたちに役に立たないのである。BOQを自ら出来るようにならなければ、未知の出来ごとにでくわしたときに立ち往生してしまうだろう。だから、まずはいろいろな角度からやってみる時間が必要だ。BOQのトリガーになる記号は、子どもによって違うのである。ここに着目しているのがハワード・ガードナー教授だろう。
◇ともあれ、痕跡を忘れてはならない。その痕跡としての記号にどう反応したのか、そこを参与的に観察するのがLAだ。目を輝かす記号が見つかれば、そこがその子にとっての問いの構築の契機=トリガーである。
◇あとは各人がそこから言葉を拓いていける。キーワードはたくさん出てくるだろうし、それはキーフレーズやキーセンテンスという構造をつくっていくだろう。ある程度広がったら構造分析・整理をするとよい。共通性と差異性の入れ子状態が現れる。これはデノテーションとコノテーションの反転の連続で、途中でショートしたり、ジレンマの問いが生まれてくるが、それが大事な問題なのであり、そこまでの過程すべてが問題の構造(BOQ)なのである。
◇このBOQはしかし、はじめ自己完結型で、他者との共有が必ずしもスムーズにいかないときがある。そのときはどうするか?「置き換え」という作業を互いにする。「置き換え」とは共通性と差異性を再び発見する作業である。
◇「置き換え」は、意味レベル、比喩レベルがある。まずは意味レベル。同じ意味の別表現の言葉を見つける作業だ。次に、比喩レベル。レトリックが類推からメタファーや逆説へ駆け上がる時、創造性が一気に立ちあがるだろう。
◇このような「置き換え」は問いの構造を増築していくときに使うメタトリガーである。
◇BOQの手順を箇条書きにすると、
①子ども一人ひとりに適合するBOQのトリガーを見つける。
②BOQを広がるだけ広げる。
③BOQ分析をする。
④お互いにBOQをつなげるために「置き換え」作業をする。
⑤大きなBOQは果たして、一般化された社会の知識とどうつながるのか分析する。ここでもメタトリガーが役に立つ。
◇ということになるか。こうして、OAPAという存在の故郷を問い返すBOQをメタ認知として内面化できる。子ども時代や中高時代を思い出すときの郷愁やメランコリックな心的状況を大切にしつつも、それを現実態にイノベーションの衝撃を与えられるエネルギーに転換することもできるようになる。可能態をなつかしんで、現実態の壁に取り囲まれて、従属する主体的な生き方しかできない状態を回避することができるようになるだろう。村上春樹さんではないが、壁にぶつかる卵のように生きていくことも可能になる。
◇壁になるか、壁の前で逡巡するか、主体的に壁を支えるのか、卵になるのか・・・。それは人それぞれの選択なのではあるが・・・。

