☆八雲学園の説明会で、驚くのは、生徒のイングリッシュパフォーマンスの進化だけではない。教師の教科の説明の表現の進化である。
☆若き教師であるにもかかわらず、高い経験値と風格を感じさせるのはなぜか。英語も数学も社会も理科も国語も、表現はそれぞれ独自の言語化がなされているにもかかわらず、トーンが同じなのである。それが八雲学園の教育の安定感を伝えている。
☆学校説明会の資料やシラバスなどこれでもかというほど丁寧な説明の素材がある。それを読めば、八雲学園の教育の全体のイメージがつく。だから、近藤校長の話を聞き終わったら、あとは資料を読めば良いかと思いきやそれは間違いだということがすぐにわかる。
☆資料と同じ表現をしていないのだ。もちろん事実に齟齬はない。そうではなくて、資料とは違う教師独自の表現なのだ。それでいて、なるほど八雲学園の教育であることに間違いない。
☆教師の個性と八雲学園の精神が一貫している。それでいて教師のクオリティは独自のものなのだ。おそらくその共振は、近藤校長の精神の変奏曲になっているからだろう。
☆少しずつ旋律や和音は違うのだが、基本テーマは一緒なのだ。気負いのない確信。これが今の八雲学園の教師の質なのである。
☆他の女子私立中高一貫校の先生方と、あるとき八雲学園の教師の自然体の姿勢について話題になった。どんどん若手が育っているのではないかと。
☆近藤校長のテーマあるいはモチーフを変奏する教師陣というわけだ。ところでそのモチーフとは何か?それは能力と才能の合力である。どの教科も論理的にきっちり勉強して能力を伸ばす方法を説明し、さらに生徒1人ひとりの才能を見出して伸ばす学びのシステムについて表現しているのである。
☆進路指導、英語教育、芸術鑑賞、チューター方式は八雲の4つの柱なのだが、実際には8つなのだ。つまり、
(進路指導,英語教育,芸術鑑賞,チューター方式)×(能力,才能)
☆このことが他の行事や部活や教科に貫徹しているのだ。
☆公立中高一貫校は、才能は伸ばせないのではなく伸ばさないのである。伸ばすのは能力だ。
☆ところが、能力は勝ち組負け組を結果として作りだす。才能は、1人ひとり違うから相対的な競争はない。
☆八雲学園の教師の確信は、勝ち組負け組社会を打ち砕くパワーにあるのではない。そんな社会で、勝つか負けるかよりも、自分の才能で勝負ができるかどうかを大事にできる生徒が巣立つ教育を形成しているからなのだ。
☆生徒たちの未来が幸せなものであるようにという高い配慮が、教育に生きているということはそういうことなのである。

