◇かえつ有明のサイエンス科が次年度に向けて新たな動きを始めたようです。6月の学校説明会で2011年度入試に「作文」入試が加わることがアナウンスされておりましたが、その問題作成チームには、サイエンス科のコアメンバーも参加し、問題の中身にも、サイエンス科の授業で採り入れられている手法が盛り込まれるとのことです。
◇学校説明会で配布されたサンプル問題を入手したので、ここに一部を紹介します。第1問は、「持続可能な社会」という言葉から連想することを書きなさいという問題です。

◇持続可能な社会という言葉を聞いたことのない生徒には厳しい設問のように感じますが、第2問では、持続可能な社会についての文章を読ませており、第2問に進めば、「持続可能な社会」がどのようなことを表しているかがわかるような仕掛けになっています。
◇左の図のように、いくつかの円の中に言葉を入れるというのは、サイエンス科では、5W1Hマップと呼んでいる手法で、リサーチをする際に調べる方向性を定めたり、あるいは、ブレストの際のツールとして使ったりするマップです。
◇サンプル問題とは言え、「作文入試」という新たな入試形態にチャレンジする第1問にこのような大胆な問題を据えたのは、かえつ有明の中でサイエンス科の試みがある程度浸透してきたということを意味しているのでしょうか。
◇当然、採点基準はどうするのかとか、想定しない答えが出てきた場合にどうするのかという議論が沸きあがるでしょう。むしろ、そういう議論を歓迎しているかのような、大胆な問題だなというのが私の第一印象でした。
◇しばらく、「作文入試」を追っていこうと思います。
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◇先日土浦日大を訪問し、情報入試担当の田村先生にお話を伺ってきました。筑波エクスプレス快速だと秋葉原から45分でつくばに到着します。つくばから学校まではスクールバスが利用でき、座席定員制によりゆったり座れるので、生徒は通学時間を毎朝の予習時間として有効利用しているようです。
◇上野から常磐線の特急を利用すればやはり45分ほどで土浦に到着しますが、TXなら特急料金も不要で本数も多いので、こちらの方が便利で経済的です。訪問前に抱いていた通学についての私の認識は、がらっと変わりました。松戸や柏といった常磐線沿線だけでなく、秋葉原から北千住にアクセスしやすい東京北東部エリアの方も通学圏内となります。
◇土浦日大のホームページや学校案内ですぐに目につくのは、英国のボーディングスクール研修です。2年次と4年次に実施する海外研修では、1年次と3年次に実施する国内研修旅行と連携しており、京都・奈良の訪問で日本文化を学んだ上で、あるいは、広島研修で近代以降の日本や世界平和について考えた上で、それぞれイギリスを訪問する流れになっています。さらに、その学びの体験をオープンハウス(学園祭)で発表することも一連のプログラムとして練りこまれているわけです。
◇合格実績が飛躍的に伸びているのは、こうしたプログラムだけでなく、学校全体が英語教育に真剣に取り組んでいることの表れと言えます。常勤の英語ネイティブ講師が8名いるというのも土浦日本大学中等教育学校の教育の先進性の一つで、彼らは教えることだけを担当する「講師」ではなく、ホームルームや掃除といった学校での生活面や生徒指導まで担当しているとのことです。そういったネイティブ講師に日本の学校文化を理解してもらうよう、彼らとのパイプ役を果たしている英語科教員の不断の努力が背景にあるからこそ、土浦日大の今年の合格実績が生まれてきたのでしょう。
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フォームとプロセス
◇サイエンス科リサーチブックを作成している図書館司書の眞田章子先生に話を伺いました。かえつでは、女子校時代から総合学習をやっていた伝統が素地としてあり、それが教科横断的なサイエンス科の誕生につながっています。さらに当時からずっと模索してきた探求型学習が、今のサイエンス科に発展してきたのは、「BIG6」というアメリカの情報リテラシーの手法を取り入れたことが大きいと眞田先生は話します。
◇言語技術的な面を重視することは、日本でも戦後すぐの時代に、国語教科書の「言語編」で試みられていたようです。実際に「言語編」教科書を見たという眞田先生は、その質の高さに驚くとともに、それが消えてしまった日本の教育状況に危機感を覚えたそうです。だからこそ、フォームやプロセスを重視したサイエンス科の存在意義をいっそう感じているのです。
自己表現の力
◇高校の必修科目である「情報科」でも、「サイエンス科」との連携を進めています。「情報科」は、2003年から普通科高校に必修科目として新設された教科で、情報の収集・分析・編集などのスキルを、コンピュータを使って習得します。中山忠先生は、アプリケーションソフトの利用を前提としながらも、最終的には、誰もがわかるようなプレゼンによって自己表現する力が大切だと話します。
◇その評価についても、サイエンス科との情報交換をするようになって以来、「自己表現の中身」に積極的に踏み込んだ評価ができるようになり、「情報科」が扱う内容の幅も広がってきたということです。
キャリアデザイン
◇英語科の永井仁先生は、サイエンス科で重視しているクリティカルシンキングは英語学習において日常的に活用していると話します。文法事項ひとつとっても、解答を与えてしまうより、生徒に「なぜ」と問いかけることが、有効なトレーニングになるそうです。また、英語という教科は、文化や習慣などを比較する場面が数多くあり、実際のコミュニケーションの場面でCTを駆使することが、これからのグローバルな社会では、必要となると話します。例えばNoと言われても傷つかないように自分の気持ちをコントロールできることは、文化の違いについてCTする能力が前提になるわけです。
◇また、情報があり過ぎる状況で、自分が取り入れるべき情報に自覚的かどうかは、勉強や学びだけではなく、生き方を決断するような場面でも重要になると、CTがキャリアデザインにも通じる力であることを指摘していました。
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◇聖学院大学の入学前準備教育で開講される科目は、英語・数学・国語です。それぞれの授業の様子を覗かせてもらいました。
◇英語の授業は、映画の会話などを題材にして、興味を持たせるための工夫が随所に散りばめられています。Aeron ate chicken. Chicken ate Aeron. と英語の語順について話をしているかと思うと、冠詞を一つ入れ、Aeron ate a chicken. が喚起するグロテスクなイメージを伝えながら生徒の笑いを誘っていました。
◇小論文の授業では、喫煙する母親とサラリーマン風の男が待合室にいる状況を伝える短文を読ませた上で、思ったことをメモに書きつけるよう指示を出していました。「なんだ、この母親」「まずいっすよ」「あり得ないんだけど…」といった高校生に通じやすい言葉遣いで迫ったかと思えば、すぐ次の瞬間には「権利」「公共の場」といったキーワードもさりげなく提示。このあたりのスピード感が授業を飽きさせないコツでしょう。
◇数学では、公務員試験の題材から問題をピックアップして、無味乾燥な数式に対する抵抗感を少しでも和らげようとしているようでした。講師は、時に自分の高校時代の経験などを話しながら、リラックスした雰囲気の中で、授業を進めます。講義の合間に、生徒の机を回りながらアドバイスを与えるなど、「一人ひとり」に注目しているのが印象的でした。
◇一人ひとりへの気配りは授業だけではありません。アドミッションのスタッフや学生チューターは、アンケートや面談を通して、授業のレベルが適正か、また友人が出来ているかどうかなどといったことを全員について把握します。「面倒見のよい大学」と言われるゆえんですね。
◇初日、あれほど緊張した面持ちでいた生徒たちが、10日ほどして再度訪問したときには、すっかり聖学院大学に馴染んでいて、友人同士で語り合う姿があちこちで見受けられました。昨年この講座に受講生として参加していたという現大学1年生のチューターは、「今年の生徒は去年よりさらにいいですよ」と話していました。生徒へのあたたかいまなざしも、毎年確実に進化しているようです。
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◇教科横断的なサイエンス科の授業によって、各教科の授業や生徒の反応はどのように変わってきたのでしょうか。かえつ有明の先生に取材をしました。
◇国語科の宇野岳史先生は、中1段階ですでに生徒は、「情報探索のフレーム」を手に入れつつあると話します。ワークシートの手順に沿ってリサーチを進めることで、知らず知らずのうちに情報収集の視点をつかんでいくようです。
◇しかしながら、納得のあるテーマが見つけられず、あるいは自信がなくて、前に進めない生徒も当然出てきます。そんなときには、苦手意識につながる前に、「真似ることへの抵抗をなくし、真似る中からやがてオリジナリティが出てくることを伝えるようにしている」と宇野先生は話します。
◇もちろん生徒自身が解決できるまで待ってあげる態度も時に大切で、中2・中3と学年が上がるにつれて、子どもたちから「離れる」ように意識するとのこと。課題を乗り越えるための手助けと自分でできるようになるのを待ってあげることのバランスをどう取るかに心を砕いているようでした。
◇同じく国語科の大木理恵子先生も、困っている生徒にいきなり解答を与えるのではなく、「整理の仕方」を教えてあげることが大切だと話します。このことは、単にリサーチ課題を乗り越えるというだけではなく、思春期における生徒たちが、自分自身の大きな課題を考えることにもつながっていくのです。
◇例えば、サイエンス科でもよく利用するマンダラートなどで、自分の抱えている問題を並べてみる。また、他人と話をすることで、モヤモヤしている自分を客観的に見つめてみる。こういうことを通じて自分にとっての課題がはっきりすれば、その課題は乗り越えられると話します。
◇これまで、クリティカルシンキング、あるいはマッピングやブレストといった、サイエンス科が取り入れている手法に焦点を当ててきました。手法はあらかじめ自明のものとしてそこにあるわけではなく、「どうしたら生徒が課題を越えられるか」ということを徹底的に追求しようとする先生の熱意の表れなのだということを今回の取材で改めて確認できました。
◇「子どもが目を上にあげる授業」― 大木先生は、盛り上がらないと意見は出てこないし、脳みそを働かせることはできないと、そういう授業をするための「工夫」や「仕掛け」の重要性についても話してくれました。
◇生徒への「熱い思い」と、それを形にする「手法」の両面が、サイエンス科を支えているのです。
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◇この2月5日、聖学院大学ではAO入試などで一足早く入学を決めた生徒を対象にした入学前準備教育がスタートしました。この講座は、大学で学ぶために必要となる基礎学力の養成などを目的に、聖学院大学では10年も前から続けている講座です。今回は、早期に入学が決まっている生徒を対象にした「2月講座」で、一般入試で合格した生徒対象には「3月講座」が実施されます。
◇最近では、入学前に同様の講座を実施する大学もちらほらと出ていますが、10日以上にわたって講座が開かれるというのは全国でも珍しく、そのため聖学院大学の入学前準備講座は、読売新聞・文藝春秋・NHKなどのマスコミに取り上げられるほど注目されています。
自ら発信する力
◇先ほど基礎学力の養成と書きましたが、この講座では、受験学力とは異なる意味での「学力」養成を目指しています。講座の最終日に自己プレゼンテーションをするプログラムが編成されていることからも、いわゆる知識の習得だけでなく、自ら発信する力を伸ばそうとしていることがわかります。
◇そのためのコミュニケーション環境も手厚く、クラス授業の合間に、在学生や院生らとの個別面談の時間が用意されています。受講者は、全員が自分の話を面談の中でじっくり聞いてもらえるのです。中にはこれまでそういう体験がほとんどなかったという生徒もいるようで、こういう一人ひとりに目を向ける環境の中で、学習意欲や自分に自信を持つ態度が育まれていくのでしょう。
◇また、入学前のこの時期は学科に分かれていないので、学科の垣根を越えた友人作りというメリットもあるようです。これまで入学前準備教育をずっと育ててきた山下広報企画部長は、学習面の重要性とともに、友人を作ろうとすること、そして、自分から先生やスタッフに質問やアドバイスを求めることの大切さをオリエンテーションで次のように伝えていました。
聖学院大学は『面倒見がよい大学』という定評があります。しかし、それは先生が学生を管理したり指示を出したりするという意味ではありません。きみたちが自ら考えていけるようにサポートをするという意味で面倒見がよいのです。聖学院大学は、『入って伸ばす』ではなく、『入って伸びる大学』なのです。
◇初日、授業が始まる前のクラスの様子を覗いてみました。初めて顔を合わせる生徒同士は、まだ緊張の面持ちでしたが、さっそく数名の学生同士が「自主的に」声をかけて、友達になろうとしている場面がちらほらと見られました。10日余りの間にどういう変化が見られるのか、じっくり見てレポートしようと思います。
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◇かえつ有明サイエンス科の取材を通して、私立学校の教育環境がもつ可能性というものを何度も感じさせられてきました。例えばクリティカルシンキング(CT)に対する考え方もその一つです。前回書いたように、クリティカルシンキングは、いわゆる「考え方のフォーム」を通して獲得していく「スキル」であるばかりではなく、相手が異なる存在であることを前提としたリスペクトを養成することでもあるといったことは、かえつの先生方との対話を通して、気づかされたことです。
◇CTがロジカルシンキングに役立つという文脈は、これまでもビジネス書などで紹介されているのですが、かえつの先生方は、そういったスキル(知育)だけではなく、思春期の子どもたちが葛藤を乗り越えて成長していくための推進エンジンになり得るという文脈でCTをとらえているのです。
◇クリティカルに思考する対象は他人だけでなく、当然自分自身にも向かいます。そのプロセスから、やがて相手に対するリスペクトが生じるわけです。そうでないとCTは、単なる無責任な他者批判に終わってしまいます。
◇これからのグローバル化が進む社会では、異文化理解能力がますます必要になります。トリニティ教育研究所の本間氏がブログで立命館アジア太平洋大学のキャンパス訪問記を書いていますが、これを読むと国際学生と学び合う環境が日本にも少しずつ広がってきていることが伝わってきます。異なる他者への理解力とコミュニケーション能力がますます必要になってくるでしょう。
◇石川教頭先生が教職員会議で話したという年頭挨拶には、かえつ有明が2050年の社会を見据えて教育をしていく決意が表明されています。
◇「変動する世の中にどうしたら各人が積極的に貢献することが出来るかをしっかりと考えさせる。これこそがかえつ有明のキャリアデザイン」だと話をされるとき、かえつ有明の校訓である「怒るな働け」は、サイエンス科のCTが依拠する判断の基準として奥深いところでつながっていくのかもしれません。
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◇これまでの取材を通してサイエンス科ではクリティカルシンキング(CT)の育成が目標の一つにあることが見えてきました。そしてそのCTの能力を獲得する方法としてフォーム=「型」が重視されていることもわかりました。
◇フォーム=「型」を与えることとCTとは、もしかすると一般的には相反することに映るかもしれません。型にはめるのではなく、自由に書かせることが個性の伸長であり、創造性につながるのではないかと。
◇この点について、サイエンス科主任の山田先生は、説明会で、大リーグの選手をたとえに出して説明を行っていました。大リーグでは各選手が自由に個性を発揮しているように見えるが、彼らは皆そこに至るまでにフォームを徹底的に仕込まれる段階を通過してきているのです。
◇従来の日本社会はフォームを意識しなくても、社会が同質であることが結果的にフォームの役割を果たし、日本式の意思疎通を図ってきたのかもしれません。しかし、グローバル化が不可避の潮流となるにつれて、これまでのコミュニケーションスタイルの変更が迫られているのは、国際会議の場を見ても、あるいは日常生活に外国人が増えていることからも明らかです。
◇かえつ有明の先生方とお話をしていると、世界とコミュニケーションをとる上での「フォーム」を中高生の間に獲得する必要があるのではないかという問題意識や意気込みが感じられます。それは、塾や予備校が解答を手軽に作成するための受験テクニックとして、小論文や英作文対策の「論述フォーム」を教えるというレベルとはまったく異なる次元のものです。
◇かえつ有明で言う「フォーム」というのは、「リサーチノート」や「トレーニングシート」に象徴されるように、CTを行う上での手段であることはもちろんですが、あるときには、授業を行う教室空間の雰囲気や、スポーツにおける道具の使い方などにも及んでくるわけです。従来の教育で言うところの「礼儀」とか「修養」といった概念まで、「フォーム」という表現に集約されるわけです。そのようなことを以前山田先生は、「フォームはCTの手段であると同時に目標でもある」と話をされていました。
◇このように考えてくると、石川教頭先生や山田先生が「リスペクト」ということばを、よく口にされることもわかってきます。CTをする上で、リスペクトは必須の前提条件なのです。つまり、クリティカルであることは、おのおのが異なるものであることを前提としており、相手へのリスペクトがないと、CTは単なる他者批判になってしまいます。CTを煙たがる社会的背景には、同質であることを前提とした社会構造があるのかもしれません。
◇従来の学校(特に公立の学校)では、日本人の子弟だけがいることを前提にして指導が行われてきたのですが、今後彼らが勤める企業や団体は、様々な民族で構成されている可能性も十分あるわけです。そういう社会でサバイバルしていく子どもたちは、単に英語運用能力を超えた、他者へのリスペクトに基づいたクリティカルシンキング能力が必要になってくるのではないでしょうか。かえつ有明のサイエンス科の取材を通してそんなことを考えさせられました。
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◇サイエンス科ではブレストやクリティカルシンキングといった「情報収集→編集」のための手法が実践されています。こういった手法を身につけた生徒たちが、この先どういう学びをしていくのか興味深く思っていましたが、つい最近、そのヒントとなる授業をかえつ有明の帰国生クラスで見る機会がありました。
◇帰国生のクラスと言えば、「英語の取り出し授業」や「日本語補習」などの取り組みがすぐに思い浮かびます。かえつ有明が先進的なのは、こういった取り組みがあることに加えて、HumanitiesやTOK(Theory of knowledge)といった「教科学習」が用意されていることです。ここでは、現地校や国際校で実践されているような、ディスカッションを重視した授業風景が見られます。
◇中学生のHumanitiesを見学した時は、「ローマ人が遺したもの」というテーマで授業が行われていました。先生の指示があると、さっそく生徒たちは、資料となるハンドアウトをさっと読み、蛍光ペンでキーワードをハイライトしながら、テーマに合う情報を探索し始めます。見つけたキーワードを発表する際に、aqueduct(上水道)sewer(下水管)などといった未知の単語を推測しながら、果敢に発言する姿が印象的でした。
◇高校生のTOKでは、先入観による誤った推論が人を感情的にさせ、さらなる偏見に陥ってしまうサイクルが説明されていました。講義形式ではなく、生徒自身の体験などを基にディスカッションで進められる授業です。早急に答えを出そうとするのではなく、生徒同士のディスカッションに耳を傾け、時に議論が横道にそれていくことも許容する教師の優しいまなざしがそこにありました。
◇TOKというのは、国際バカロレア(IB)のコアをなす科目で、このTOKに着目して帰国生の授業を組み立てているのは、IB研究員でもある英語科の久保先生です。
◇「TOKで生徒が議論する題材は、必ずしも正解があるわけではなく、ロジカルであるかどうかがポイントです。そういった議論をするためには、サイエンス科で実践しているようなクリティカルシンキングが習得されていることが前提なのです」と久保先生は話します。
◇中学部のHumanitiesでは、TOKで扱うテーマより身近なトピックを扱い、例えば真珠湾攻撃について、英・米・日本での教え方を比較することを通して議論したり、プレゼンテーションを行ったり、あるいはエッセイ(小論)にまとめたりするということです。
◇英語か日本語かの違いはありますが、かえつ有明の帰国生教育はサイエンス科の取り組みとリンクする部分が多くあり、今後、双方の協力体制やコラボによって、かえつ有明の教育内容の深化にさらに期待が持てそうです。
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◇かえつ文化フェスタで、中3生のサイエンス科プレゼンテーションを見学してきました。発表のテーマは、修学旅行で訪れた「京都」についてです。現地で体験したことと、本やインターネットで調べた情報をパワーポイントにまとめ上げ、グループ別または個人別に発表していました。
◇生徒たちは、あらかじめ与えられた「枠」(=手法)―今回は東京との比較対照(Comparing & Contrasting)という手法―に沿って、自分が関心を持ったテーマについて発表します。ただ「京都について」発表しなさいと言われるより、東京との比較というしばりが加わることで、逆にテーマが絞り込まれ、結果として様々な比較の観点が出てくることは前回書いた通りです。
◇「枠」(=手法)を習得しながら、同時に「枠」を相対化し、生徒自らの個性が発揮されているのは、プレゼンの各所に取り入れている「遊び」からも伺えます。絵文字やイラストを入れたり、ユーモアのある表現を盛り込みながら、情報の伝達だけでなく、受け手を意識した効果的なレトリックを使っていたことに驚きました。枠があることでかえって「遊び」も可能になるのです。
◇生徒自らが興味を持って選んだテーマですから、プレゼンが済めばそれで終わりというわけでもありません。今回のリサーチで京野菜を調べた生徒は、自宅近くのスーパーでも九条葱などの京野菜が売られていることを再発見していましたし、東京と京都の観光都市としての違いに着目した生徒は、通学エリアであるお台場や有明地域が外国人訪問者数で意外と高いランクにあることを再発見していました。
◇こういった再発見は、知識を定着したり、もっと調べてみたいという意欲となり、教科学習への効果も期待できます。一方で、このような気づきを促す存在があることも見落とせません。もちろんそれはファシリテーターとしての教師の役割です。
◇今回のプレゼンでも、サイエンス科主任の山田先生が、一人ひとりの発表に対しさりげないコメントをされていたのが印象的でした。このコメントこそ実は、次のステップへの仕掛けでもあるのです。生徒は情報収集や編集の仕方を学び、レポートやプレゼンを通して「枠(型)」を身につけながら、さらに先へと学びを進めていきます。教科横断的だからこそ、スキルの習得を重視しようとするサイエンス科の取り組みは、枠を与えることでかえって生徒の興味や関心を喚起し、彼らが教科的専門知を深めようとするエンジンになり得ているのだと思います。
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